種を蒔く料理江口研一

八媛かぼちゃと鶴首かぼちゃ

雲仙から届いた箱を開けるとそこに南瓜が3本、首をもたげていた。薄らと緑がかった2本に、茶褐色のものが1本。今回は岩崎さんの畑の種とりで出会っていた八媛南瓜と鶴首南瓜だと聞いていたとは言え、見れば3本とも首が長いではないか。先も曲がっている。ラグビーボール型で筋が入っていれば通常は八媛と判断できるのだろうが、見慣れた姿よりもずっと首が長い。急ぎ奥津さんに電話し、姿を眺めるうちにまた迷う有様。それでも1本に八媛の特徴である筋が確認できたところでやっと納得。鶴首と思しき方の下半分をじっくりとローストすることに。そして生の南瓜と人参のサラダをのせ、ローストした南瓜の種、白蕪と胡桃と生棗とヨーグルト・ソースをかける。もう半分は豚の脂でやさしく火入れし、山形で雑草研究所を主宰するアーティスト永岡大輔さんが採取したキハダの実を添えてみる。ほのかな苦味がトルコのオムレツに使うベリーのよう。今回はVACANTのキッチンを借りて、写真家の在本彌生さんが撮影してくれる間、まだ八媛南瓜を調理していなかったことに気づく。生の南瓜と人参を、ネクタリンと柿と交互に並べ、フレッシュなオリーブオイルとレモンをかけてシンプルなサラダに。そして箱に入っていなかった蔦や葉の記憶を、大谷桃子さんの器のバナナの葉で盛り付けることにした。


料理
江口研一food+things)
大谷桃子
写真
在本彌生
江口研一

江口研一(food+things)
食べたことのない味、見たことのない食材を求めて旅するように料理を。その土地で食べられるものはコトバと同じように文化と直結します。そこに暮らす人たちの物語と一緒にごはんを提供します。

選んだ野菜

八姫かぼちゃ

元は、久留米、柳川、大川など中九州由来の歴史あるかぼちゃと思われるものを、10数年前から、岩崎さんが雲仙に根付かせてきた。福岡県八女郡に伝わる伝統野菜、八媛(やひめ)かぼちゃと区別するためにも、あえて「八姫(やひめ)かぼちゃ」と名付けた。
 肌質は在来種のかぼちゃらしく、ほろほろと、あるいはしっとりと細やかである。
着果数が少ないことが農家泣かせで栽培者が減っていく一方の在来種の中では、比較的着果力があるかぼちゃである。個体によっては30〜50センチ以上と相当に大きくなるが、夏の暑さに強く、猛暑でも腐敗しにくい。なお、今日本で主流の西洋かぼちゃも夏の暑さには非常に弱い。
かぼちゃの育成において、さらに問題は疫病であるが、八姫かぼちゃは、真夏でもウドンコもつかず、比較的育てやすい点も魅力である。
一方、大きくなることが、現代の家庭には合わず、個人向けの販売は難しい。その意味では、料理人・料理店が扱っていくことで、生き残っていけるかぼちゃかもしれない。


鶴首かぼちゃ

在来種かぼちゃの中でも、一際人気があるのがこの「鶴首かぼちゃ」である。なんと言っても食味がよく、きめ細やかなまろやかさは類を見ない。喉越しがよく、西洋種のかぼちゃでは、飲み込みづらい高齢者や幼児でも食べやすい。ことに岩崎農園の鶴首かぼちゃは、佇まいも、名のごとく鶴のように動き出しそうである。見るだけでいわゆる生命力を感じさせる。

ところで、鶴首かぼちゃの食して美味しいのは、とりわけ鶴首部分である。対して下部のふっくらと膨れた部分は、中は空洞でそこにしっかりと種を守っている。もちろんその周囲部も美味しいが鶴首部分には美味しさの点ではいささか劣る。
そんな鶴首かぼちゃを「本当に不思議なかぼちゃ」と育てる岩崎さんは言う。
在来種の野菜達自身の目的は、とにかく種を残すことのはずである。したがって、種を守るふっくらとした部分をより大きくし、かぼちゃたちにとっては本来不要なはずの鶴首部分は無くなってもいいはずだ。しかしまるで、人に種を守ってもらうためかのように、人間にとって美味しい部分をきちんと残す形が現れる。まるで「人の心を知っているかの様」と岩崎さんは語る。

一方で、この茎太の長い形は、傷はつきやすく、異常気象で豪雨が続くと一層生育は困難になる。温暖化の一番の悪影響を受けやすいのがかぼちゃの仲間達ではなかろうかと岩崎さんは考えている。


在来種のかぼちゃについて

温暖化の悪影響を最も受けるのではないかと危惧されるのが、このような在来種、固定種のかぼちゃ達である。品種改良された現代の種に比べると、着果数が極端に少なく、利益率は非常に低く効率が悪い。さらに、近年のような豪雨と温暖化が続けば、ただでさえ少ない着果がさらに着果しづらく、かつ着果した後も腐りやすくなってしまう。まさに滅びようとしている在来種の種を受け継がれているかぼちゃ達である。
 在来種のかぼちゃは、大きいものも多く、現代の家庭では扱いにくい、流通上も重たく歓迎されないのも弱点である。

だからこそ、これら在来種かぼちゃを守っていることは、一層評価されるべきではないであろうか。そのきめ細やかな肌質やみずみずしさ、繊細な美味しさ、独特の造形と個性はなんとも魅力的である。

在来かぼちゃ(日本かぼちゃ)の原産地には諸説あるが、北米南部・中米原産説が有力である。ヨーロッパを経由して東南アジアに広まったものを、日本へは16世紀にポルトガル船によって九州に伝えられたという。「かぼちゃ」の名は、途中寄港したカンボジアからもたらされたことはよく知られている。

(文…奥津典子)

種を蒔く料理